テクニカルノート

光パラメトリック発振器ベースの光音響分光技術によるガス分析の高速化

2022年 06月30日

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光パラメトリック発振器から得られる高出力の中赤外光源は、新しい手法となる高精度・カンチレバー強化光音響測定技術と組み合わせることで、産業用ガスの分析やモニタリングにおいて超高感度と超高選択性を実現する。

SAULI SINISALO(GASERA社)、HÅKAN KARLSSON(COBOLT社)共著

環境や大気のモニタリング、産業プロセス制御、医療診断における微量ガスの検出や分析を確実に行う究極の計装ソリューションとなるのは、広範囲のダイナミックレンジ及び高速応答時間を有する高感度・高選択・小型・高堅牢なマルチガス分析計であろう。

図1:MEMS技術によりシリコン基板の表面を微細加工して作製したカンチレバー(片持ち梁)を用いた圧力センサ

そのような有望な技術に光音響赤外分光法(PAS)法があるが、これは分子の回転・振動状態を赤外パルスにより励起し、吸収されたエネルギーを運動エネルギーパルスに変換することで、形成される音波をマイクロフォンにより検出する手法だ。1光音響効果を用いて赤外光の吸収を直接検出することで、分析計は長い吸収光路長を必要とせず、バックグラウンド信号の変動もほとんど発生しない。これは、標的分子が存在しないと何の信号も検出されないという事実に起因する。1,2

光音響効果は1880年にアレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell 1847-1922)によって発見されたが、従来方式のマイクロフォン技術では検出感度は20世紀後半まで著しく制限されていた。現在では、レーザー光を用いて信号の読み出しを行う今日の最先端・微小電気機械システム(MEMS)技術で作製されたカンチレバー型マイク(図1)により、コンデンサー型マイクと比べてはるかに高い感度とダイナミックレンジを得ることができる。2,3さらに、シリコン製のカンチレバーは伸びたり切れたりせず、比較的高い流量や外部応力に耐えられる。

ガス置換・温度コントローラ
光学マイクロフォンによるデジタル信号プロセッサ
ガス置換ユニット及び励起
信号読み出し干渉計
カンチレバー(片持ち梁 / プローブ)
レーザービーム
ビームダンプ
光音響セル(密閉容器)
バランス型セル
ガス遮断弁
外部レーザー光源
排出ガス
流入ガス
光音響検出器(型番PA201)の構造

図2:新型・カンチレバー強化光音響検出器(Cantilever-enhanced photoacoustic spectroscopy: CEPAS)の概略図

近年、中赤外光源技術の開発が進んだことでカンチレバー強化光音響分光(CEPAS)装置は今や単色光・波長可変・広いスペクトル選択性・高出力なレーザー光源を出力することが可能だ(図2参照)。これらの技術を併用することで、ppb(parts per billion 10億分の1)以下という新たなレベルの感度及び選択性で測定ができるようになった。量子カスケードレーザ(QCL)・バンド間カスケードレーザー・分布帰還型半導体レーザー・光パラメトリック発振器(OPO)などの現在市場に流通している多くのレーザー技術により、中赤外のスペクトル領域においてスペクトル的に柔軟な狭帯域光源を得ることができる。多くの点で、光パラメトリック発振(OPO)技術は各種レーザーを組み合わせた測定系の光源として用いるのに理想的な選択肢だ。光パラメトリック発振器(OPO)は、光共振器内部で励起レーザーから発生する波長をより長い(低周波数の)2つの波長(シグナル光とアイドラー光)に変換する非線形光学装置である。

図3:疑似位相整合(QPM: Quasi Phase Matching)構造の非線形光学結晶をベースにして、
信号波と共鳴波を生成する光パラメトリック発振器の構造の概略図

発振波長は非線形光学結晶(NLO)の導波路形状に依存し、観測が可能な波長帯域は最終的に非線形光学結晶(NLO)が有する透過窓によってのみ制限される。OPOはこの非常に広いスペクトル選択性と波長可変性から、他の中赤外光源よりも優れている。より具体的に言えば、OPOは2.8〜3.6 µmの波長領域において高出力で波長可変域を選択できる。これは、BTX (ベンゼン・トルエン・キシレン),C₂H₂(アセチレン)、CH₄(メタン)、HCN(シアン化水素)、HCL(塩酸)、HF(フッ化水素) 等の高汚染性かつ高有害性の工業用化学物質が持つ最も強度の強い基本的な分子の遷移に対応するので、炭化水素の高感度検出に特に重要な領域となる。この波長領域は、量子カスケードレーザーでは容易に到達できず、この領域における分布帰還型半導体レーザーとバンド間カスケードレーザーから得られる出力レベルはOPOの出力レベルよりも桁違いに低い。すなわち超高感度分析には十分でないということだ。さらに、OPOは他の中赤外技術と比較して波長可変が広範囲なので、この機能を利用して一般的な信号処理や多変量解析(ケモメトリックス)にて複数のガス成分をより高精度に検出できる。

縦軸:振幅(a.u.) / 横軸:波長(nm)

図4:連続発振で60nm以上のOPOスペクトルを実現するCobolt社製Odinレーザー

従来、OPO技術において利用可能な光源は大規模かつ複雑な構成をしていたのが欠点ではあったが、OPO設計及びレーザー筐体設計の技術の近年の進歩により、OPO装置の大幅な小型化が進んだ。例えば、周期的に分極が反転する構造を持った非線形光学結晶(NLO)を用いて、高効率で高柔軟な中赤外波長を発振するOPO構造のCobolt社製Odinレーザーがある(図3参照)。高繰り返し周波数を有する発振波長1064nmのレーザーでOPOを励起して信号波長に共鳴させるため、最大100mWの出力のアイドラー光波長を得ることができる。疑似位相整合(QPM)構造を導入した結晶により2〜5 µmの領域の波長を発生させることができるので、波長の狭帯域化(約1nm)が可能だ。また発生波長は、>50 nmの波長可変範囲で連続的に出力させることもできる(図4参照)。

図5: OPO構造を用いたCobolt社製Odinレーザー
写真はレーザーヘッドとドライバーユニットを繋げた完全な状態

励起レーザー及びOPO共振器が一体型に集積されており、Cobolt社独自のHTCure技術により高堅牢性の小型・密閉筐体を実現している。完全一体型レーザーヘッド筐体の大きさは、たったの125 × 70 × 45 mmであり、様々な周囲条件(耐衝撃性: 60G, 保管温度範囲: −20 ~ +70 °C)により影響を受けることがないので、OPO技術を駆使したシステムの小型化にも寄与しており、高信頼性で使いやすく、現場で用いられる小型の微量ガス検出器への統合が可能だ(図5参照)。

小型・OPO/CE-PAS(光パラメトリック発振器 / カンチレバー強化光音響分光装置)技術を用いたアプリケーションの多くの顕著な事例としては、例えば、メタン(CH4)の環境モニタリング・自動車用燃料の蒸発係数を測定するエタノールモニタリング・産業排出モニタリングや産業プロセス制御のためのBTXの多成分分析がある。これらのアプリケーションにおいて、OPO/CE-PAS技術は広く受け入れられている従来のFTIR(フーリエ変換赤外)分光法の感度及び選択性の限界を克服する大きな可能性を示唆している。

図6:OPOベースのCE-PAS(カンチレバー強化光音響分光)測定のセットアップ。
OPO構造のCobolt社製OdinレーザーをGasera社製光音響検出器PA201と組み合わせた測定系。

OPO/CE-PAS(光パラメトリック発振器 / カンチレバー強化光音響分光装置)技術は、波長領域が3237nm ~ 3296nm(出力は95 mW)及び3405nm ~ 3463nm(出力は110 mW)の2つの異なるOPO光源を用いて実験的に証明された。これらのOPOを、市販で入手できるレーザー光源用のGasera社製光音響検出器PA201に組み込んだ(図6)。

まず最初に行った測定セットアップでは、OPOから出射されるコリメート光を光音響セル(光路長は95 mm)に沿って通過させ光パワーメーターに入射させた。このOPOからのパルス放射光(繰り返し周波数10 kHz, パルス幅 4 ns, パルスエネルギー 5 µJ, 線幅1.3 nm)は、135 Hzの動作周波数を持つチューニングフォーク・チョッパー(音叉型チョッパー)という機械装置を用いて変調した。光音響セルに密封された試料ガスの圧力が953 mbarの時の窒素中のメタン(CH4)の濃度は10 ppmであった。セルに導入した試料ガスのスペクトルの測定は、波長ステップ0.1 nm、1ステップあたり1秒の積分時間で行った。このとき測定されたスペクトルに対してHITRAN(吸収スペクトルデータベース / high-resolution transmission molecular absorption database)によるシミュレーションにより得られたスペクトルとの比較検討を行い(図7)、濃度測定における検出限界は3.3 ppb(RMSノイズ値の数は2つ, チャンネル毎の積分時間は1秒)であった。

縦軸:
Photoacoustic Signal: 光音響信号(a.u.)
Absorption Coefficient: 吸収係数(cm-1)
Wavelength: 波長(nm)
CH4 Measurement, 10 ppm: 本研究で得られたメタン濃度の測定結果(基準値: 10ppm)
CH4 HITRAN, 1 ppm: HITRAN(吸収線データベース)による計算結果(基準値: 1 ppm)

図7:OPO/CE-PAS(光パラメトリック発振器 / カンチレバー強化光音響分光装置)を用いて得られたメタン(CH4)濃度の測定結果
(基準値: 10 ppm、検出限界 3.3 ppb @ 1秒毎の積分時間)

次の実証実験では、同じOPO光源を用いてベンゼン(B)、トルエン(T)、及びo(オルト)-、m(メタ)-p(パラ)-の3種の異性体の混合物であるキシレン(X)の分析を行った。試料ガスは、既知の流速1200ml/min(窒素純度は99.9999% (6.0))の窒素を流して無水の液体試料を気化し、この試料のガス流から光音響セル内に試料ガスを捕獲して生成した。測定された各スペクトル(図8)については、科学的分析法で 各ガス濃度の繰り返し測定をそれぞれ6回行い、算出した検出限界(rmsノイズの3倍の強度信号)から4.3 ppbのベンゼン、7.4 ppbのトルエン、11.0 ppbのp-キシレン、6.2 ppbのo-キシレン、12.5ppbのm-キシレンの各濃度を検出した。

図8:測定されたスペクトルデータからの
ベンゼン(B)、トルエン(T)、及びo-、p-、m-キシレン濃度の導出
図9:EtOH(エタノール)、MeOH(メタノール)、CH4(メタン)のOPO/CE-PAS測定

これらの実証実験から、小型設計されたOPO光源からの高出力・中赤外出力に新しい手法のカンチレバー強化光音響分光装置を搭載したOPO/CE-PAS(光パラメトリック発振器 / カンチレバー強化光音響分光装置)技術により、高感度化や選択性が向上し、信頼性の高い産業用ガスの分析やモニタリングを実現していることが分かる。ppbレベルの優れた測定性能を備えたこの実証済み・マルチガス検出器を用いると、様々なアプリケーションにて幅広いガス成分の到達が可能だ。さらには、19インチラックへの設置に適した形状で、3台までのユニットを連結できる(図10参照)仕様となっているので、システムのさらなる小型化を図ることができ、最終的には片手で持てるサイズにすることも可能だ。

図10: Gasera社製OPO/CE-PASガス分析装置の試作機設計
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