テクニカルノート

光シート顕微鏡による3次元病理解析

2021年 07月26日

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現在、癌の診断に用いられている病理学は、標本の観察は手作業かつ病理医1人での2次元的な評価に依存しているため、1世紀以上にわたって確立されてきた手法であるとはいっても、その診断のプロセスには限界がある。担当病理医によって判定が異なることもあり、生体試料を破壊し、通常解析に必要な量として全体の1% にも満たない検体を患者から採取し検査を行う。

ヒト前立腺生検の3次元画像。
図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

こうした課題を解決するため、また生体標本を3次元データとして保存し ダウンストリームデータ処理や機械学習などのコンピュータによる検体の解析を可能とした高速かつ効果的な病理解析手段として、現在 光シート顕微鏡法の研究・開発が進んでいる。革新的な顕微鏡の設計や手法を生かして、3次元病理学は、この技術は、臨床検体における重要な構造や分子組成を3次元形状で高速かつ明確に抽出することができる効果的で穏やかな手法として、臨床応用の幅をさらに広げている。

従来の組織病理学検査手法

CTスキャン、MRI、超音波などの古典的な「肉眼所見」(macroscopic)に基づいた放射線画像診断装置は、多くの人にとって馴染みがあるものであり個人的にもこれらの検査を受けた経験のある人も多いだろう。このような放射線画像診断(= 放射線診断学)に共通している特徴は、「肉眼所見」(macroscopic)での病理検査法を用いて、身体の情報をすべて低侵襲で3次元的(立体的)に捉えるということだ。臨床現場における放射線画像診断の技術は、1990年代に入り、主に2次元表示から3次元表示へと移行した。しかしながら、「組織診断」(microscopic)に基づいた放射線画像診断装置に関しては、未だに2次元像(平面画像)による組織の評価にとどまっている。

病気の臨床診断、特に癌の診断や治療の際に、「放射線画像診断」と「病理診断」とを組み合わせることは多い。放射線画像診断の技術により、肉眼レベルで身体に関する情報を得ることができ、例えば、身体内部で異常が疑わしい病変の位置を明確にすることができる。また、病理診断の技術に関しては、特に組織検査において、採取された検体(生検組織や血液検体など)からの組織や細胞に関する情報を組織学的所見で観察し、病気の進行度をより詳細に把握することができる。

病理診断では、組織標本を作製し、時系列に沿って解析を行う(図1参照)。通常はまず、患者から組織標本を採取し、病気(例えば、癌)または別の医学的疾患に対してスクリーニング(ふるい分け)を行う。次に、一定の硬さを持った固定液を用いて生検検体を固定し、キシレンやエタノールなどのアルコールを用いて脱水する。こうすることで、最終的に検体をパラフィンワックスのブロックに包埋することができる。作製された包埋ブロックは、ミクロトームに装着しパラフィンブロックにした組織を上面から数ミクロンの薄さに切削する。薄切した切片はスライドガラスに「封入」し、組織染色用の色素(ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色が最も汎用されている)で染色する。こうして染色した切片を病理医が従来のアナログな顕微鏡で観察するというように、手作業による工程を経て病理解析を行う。


Collection(組織の採取)→ Preparation(標本作製)→ 
2D Imaging(2次元イメージング)→ Manual Analysis(手作業での病理解析)
Tissue Specimens(組織標本)→ Dehydration(脱水)→ Sectioning (薄切)→ Lab Microscope(顕微鏡下で観察)
Mounting(封入)→ Staining Eosin Hematoxylin(ヘマトキシリン・エオジン染色)→ Glass Slides(スライドグラス)
Fixation(固定)→ Embedding(包埋)

図1:
従来の2次元病理診断法であるホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffin-embedded: FFPE)検体を用いたヘマトキシリン・エオジン(HE)染色標本作製の作業工程。
図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

こうした一連の作業工程は1世紀以上にわたり標準的な手法となっているが、これでは身体の状態や病気を正確に診断することができない。なぜなら、病理ガラス標本(プレパラート)を作製できる病理医の数が不足しており、現在の病理検査では、その診断結果の信頼性がアンダーサンプリング(少数派のデータ件数に合うように多数派データからランダムに抽出する方法)の手法では低下してしまうこともあるからだ。つまり、検体の主要な部分が見落とされる可能性や、病気の進行度に関する情報が見逃されてしまう可能性がある。

例えば、病理診断では組織標本を厚さ5ミクロンの薄片としなければならないが、これは厚さ1ミリの摘出組織全体のわずか0.5%に過ぎない。さらに、病理ガラス標本(プレパラート)の作製に必要な作業工程には時間がかかるだけでなく、侵襲を伴うが、これはつまり1回の分子医学的な作業工程で同じ標本を用いたさらなる解析ができないというように組織診断には限界がある。最後に、病理ガラス標本(プレパラート)の評価は、通常、画像を連続的に処理するアナログな光学顕微鏡を用いて病理医が手作業で行う。ゆえに、デジタル化された病理画像を得るには病理ガラス標本(プレパラート)のデータを高分解能のデジタル画像データに変換する「ホールスライド」スキャナー(またはバーチャルスライド」スキャナー)と呼ばれる装置が別に必要になる。最近(2017年4月12日)、FDA(米国食品医薬品局)は病理画像をデジタル化し臨床診断に用いるシステムであるこのバーチャルスライドスキャナーを承認したが、ただでさえ労力を要する病理診断の作業工程にさらなる時間をかけることになる。

従って、標本の品質を保ちながら、包括的に標本抽出を行い且つデジタル画像データを取得するという、より効率的な病理検査の作業工程を構築することが求められる。

重要な診断技術である3次元イメージング

標本抽出には限界があるだけでなく、現在の病理学検査手法では もともと3次元的な構造をもつ標本を2次元的にしか観察できない。このため、診断や治療に関わる重要な情報をもたらすかもしれない標本深部にある生物学的構造の解明が難しい場合もある。

例えば、血管、リンパ管、各腺組織は、「樹状細胞」が3次元的に密集した複雑な構造をしており、2次元的な観察では生体深部までの正確な情報は得られない。血管、リンパ管、各腺組織などの病変の状態を把握することで疾患の予後予測をすることができるので、これらの細胞組織の構造解析は極めて重要である。従って、いかに正確に判断できるかを最も念頭に置く必要がある。

さらに、様々な種類の細胞群が複雑に混在する分布パターンの把握も重要である。例えば、「腫瘍微小環境」(免疫微小環境、腫瘍免疫微小環境)では、実際に多様な細胞群の形態学的な変化過程で免疫系から腫瘍組織が保護され、転移が促進される。様々な種類の免疫細胞間における空間的相関関係からは特定の患者集団には治療効果が予測できる場合があるが、2次元的な観察ではこれらの相関関係を正確に且つ定量的に解析するのは難しいこともある。最後に、現在の病理検査の作業工程(図2参照)では標本抽出で得られる情報には限界があるため、極めて稀なことではあるが、癌転移の拡散を発生、促進させる可能性があるような悪性の細胞種を完全に見逃してしまうこともあり得る。


Human Prostate Biopsies(ヒト前立腺生検)病理検査の検体数: 12 穿刺した組織片の幅: 1mm
Orthogonal Views 本実験で得られた腫瘍の3次元画像(深部到達性)
Sagittal / 矢状断面(縦切り、X軸方向)→ Eosin・TO-PRO-3/エオジン及びTO-PRO-3染料により染色200μm
Coronal / 冠状断面(横切り、Y軸方向)→ Axial / 体軸(水平)断面(体軸に直交、Z軸方向)

図2:
ヒト前立腺生検の3次元画像。標準的な2次元画像からは得ることのできない病理ガラス標本(プレパラート)からの細胞の種類(悪性細胞の有無)に関する情報を、3次元的な標本解析では捉えることができるのが分かる。図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

3次元イメージングは、2次元での観察よりもさらに広い範囲で生物学的情報を把握することができるのに加え、2次元観察による現在の作業工程よりも3次元観察の病理診断手順の方が検体処理を行う上での作業負担も軽減される。例えば、標本の切り出しが不要であるため検体の形態を壊さずにその機能を維持することができ、同じ検体を用いて何度も検査を行うことが可能である。さらに、3次元イメージングによる画像化処理を活用することで収集されるデータをデジタル化することができる(図3参照)。病理診断の評価は、癌の診断 及び 個々の患者に適した最良の治療方針の決定において最も基本的な手段となるので、デジタル病理診断は重要なものである。標本の長期保存が可能になり 画像データがデジタル化されると、それによって患者への病理診断及び治療方針がより効率的になるだけでなく、医師や病理医が機械学習や画像解析による自動診断を利用して最も重大な病理判断を下すことが可能になる。


Collection(組織の採取)→ Preparation(標本作製)→ 3D Imaging(3次元イメージング)→ Digital Analysis(デジタル解析)
Tissue Specimens(組織標本)→ Whole-Mount Staining(ホールマウント免疫染色、5mm厚以下の組織切片をガラススライドに貼り付け顕微鏡で観察)
→ Light Sheet Microscopy(光シート顕微鏡の使用)
→ High-Spec PC(高性能コンピュータによる病理解析)→ Volumetric Visualization and Analysis(膨大な画像情報の可視化及び解析)
Fixation(固定)→ Clearing(透明化)

図3:
3次元的な病理検査における一連の作業工程。患者から組織を採取し固定した後、組織を透明化する。その後、組織を透明化し3次元デジタル画像の解析を行う。図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

光シート顕微鏡の役割

病理解析の3次元化によって組織に関する知見をさらに得ることができるようにはなったが、現在の病理技術に取って替わるような診断技術や方法論の開発には依然として課題がある。病理診断における新技術にあたっては、信頼性の高い評価を実現するだけでなく、臨床現場で応用できるような膨大なデータの処理能力を十分に備えている必要がある。光シート顕微鏡は、これらの技術的な課題に対する解決策として登場した観察手法である。

これまでにも、科学者や医療機器メーカーの追及によって光シート顕微鏡以外に理論的アプローチを駆使した3次元的病理解析を可能にする様々な技術の研究がされてきたが、従前の手法では、検査室での複雑な検査工程を必要とし、遠隔地への搬送処理に要する所要時間に問題があった。またデータの処理能力に関しても、病理診断を行うにあたって実際の臨床現場での使用に至るほど十分なレベルに達していなかった。自然な状態で不透明な生体試料を画像化するには、複雑な操作を必要とするような光学顕微鏡法では技術的に限界があったのである。従来の透明化手法では、現実的な時間スケールで臨床組織の画像解析を行うには時間がかかり過ぎた。しかしながら、超効果的な生体組織の透明化技術が開発されたことで、観察の高速化及び高効率化へとつながったのである。

「光シート顕微鏡」は、このような新しい透明化手法と組み合わせて利用されている高速・高効率のイメージング法であり、臨床病理学の3次元化による診断精度の向上に大きく寄与できると考えられる。

従来の蛍光顕微鏡法は、1本の対物レンズのみを介した光軸を利用して標本に対して照明光の照射及び画像化を同時に行うことが多かったが、光シート顕微鏡はそれとは異なり、2本の対物レンズを用いて顕微鏡の光路を照射用と集光(検出)用の2つに分ける。これら2つの対物レンズを90°(直角)に配置することで、薄いシート状の励起光を利用して標本を物理的に切片化するのではなく、光学的なセクショニング(3次元標本の切片化)をする。このシート状の光を、対物レンズの集点面と同一平面内に集光させることで、標本内の特定の部位のみを選択的に照射できる。これは試料全体を照射して標本内の一点に励起光を集光させて2次元平面像を構築する従来の蛍光顕微鏡法とは全く異なる(図4参照)。


・Laser-Scanning Microscopy(従来のレーザー走査型顕微鏡)
Point Detector(点検出器)→ Objective Lens(対物レンズ)→ Point Scanning(一点走査型)
・Light Sheet Microscopy(光シート顕微鏡)→ Camera(光学カメラ)→ Collection Objective Lens(集光用対物レンズ)
→ Separate Optical Path(照射用と集光用の2つの光路)→ Light Sheet(シート状の励起光)

図4:
点光源/レーザー走査型顕微鏡法と光シート顕微鏡法の光学系を比較したもの。
光シート顕微鏡法では試料を光学的にセクショニング(光断層像を取得)でき、試料の損傷を最小限に抑えつつ3次元画像をより効率的かつ穏やかに高速取得することができる。図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

光シート顕微鏡法は新しい組織透明化の手法と組み合わせて利用されるイメージング法であり、臨床現場で用いられる組織標本の構造や分子に対して(励起と検出のレンズを分離させるという)これまでにはなかった画期的なアプローチでの観察ができる。

「オープントップ型」 光シート顕微鏡

FYI
「オープントップ型」: 光学系をステージ下面に配置し上面を開放した設計
検体サイズ(縦横幅)に制約がない、検体の厚みに合わせて撮像速度を調整可能
https://www.nature.com/articles/s41467-019-10534-0

The open-top architecture ↓

光シート顕微鏡が開発された初期段階では、生物個体の全体像を生きたままの状態で捉えることを目的に設計されたが、近年の光シート顕微鏡はより大きな臨床検体であっても高速かつ3次元画像解析が可能なツールとして利用されている1。残念なことに、生きた試料を観察するために設計された初期段階での光シートシステムは、臨床検体の解析を行うのに適してはいない。例えば、光シート顕微鏡の対物レンズは照射用と検出用の2つの対物レンズが直交配置されているので、観察できる検体サイズや形状、検体数が制限されてしまう。

この制約に対処するため、ワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所のJonathan Lui教授率いるAdam Glaser博士、Nicholas Reder博士を含む研究チームは、臨床検体の3次元イメージングの最適化を実現した「オープントップ型」光シート(OTLS)顕微鏡を発表した1。提案手法では、すべての光学系を観察対象の検体の下面に配置することで従来型の光シート顕微鏡にあった空間的な制約を克服することができる。これにより、検体が照射用と検出用の2つの対物レンズからの物理的な干渉を受けることがなくなるため、観察したい大きさの検体の解析が可能になった(図5)。

The open-top architecture ↓

Conventional Light Sheet Microscopy: 従来型の光シート顕微鏡
Open-Top Light-Sheet Microscopy: 「オープントップ型」光シート顕微鏡
Specimen: 検体

図5:
従来型の光シート顕微鏡(左図)と「オープントップ型」光シート顕微鏡(右図)の原理比較
従来型の設計とは異なり、「オープントップ型」の光学配置では、検体を装置の上部に容易に取り付けることができ、平面状の光で検体組織の走査を行う。さらに、直角に配置された対物レンズにより、検体に横方向に照射される領域への制限がなくなる。このことは、臨床用途で利用されることの多い横方向に長い検体組織を観察する上で非常に重要なことである。図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

しかしながら、照射用と集光用の対物レンズを直角に配置するこの光学系には固有の課題もある。というのも、照射用と集光用の対物レンズを通過するビームの「軸外し角」はそれぞれ45°となり、このときに収差が発生することがあるため、生体試料内部の屈折率と各対物レンズ浸液の屈折率を整合させるのは容易ではないからだ。このような収差を抑えた画像解析を行うために、同研究チームは生体試料と浸液の屈折率不整合を補正する解決策としてソリッドイマージョンレンズ(固浸レンズ /SIL)、凹凸形状のソリッドイマージョンレンズ(SIMlens)、さらにはカスタム設計した多機能・浸漬対物レンズを用いた光学系の開発という革新的な光学技術を開拓した2

共焦点または多光子ベースの顕微鏡システムとは異なり、「オープントップ型」光シート(OTLS)顕微鏡装置は、比較的使いやすく、機械的可動部として標準装備されるガルバノスキャニングミラーや電動式XYZ軸・試料用ステージのみで構成される。「オープントップ型」光シート(OTLS)顕微鏡は、共振型の高速スキャニングミラーや複雑なパルスレーザー光源を必要としないので、通常は何台もの可動部が搭載されていることで生じやすい一般的な光学機械的要因による測定誤差を回避することができる。(図6参照)


Fiber-Coupled Multiline Laser Cobolt Skyra: Cobolt社製「Skyra」マルチラインレーザー(ファイバーカップリングした状態)
Flattered Imaging Platform and Sample Holder: フラットベットスキャニングによる顕微鏡イメージング及び生体試料ホルダー
Synchronized Triggers and Control Outputs: トリガー同期回路 及び 出力制御回路
45°illumination Optical Path: 45° の照射用光路
45°Detection Optical Path 45° の検出用光路
Simple and fast mounting of a variety of specimen types and shapes: 検体の種類や形状に幅広く対応できるシンプル且つ迅速な取り付けが可能

図6:
ワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所が開発した「オープントップ型」光シート顕微鏡。
照射用と検出用の光路はそれぞれ45°で、スキャニングはフラットベット構造で行うので、観察できる組織標本の形状や大きさに関係なく顕微鏡への取り付けができる。図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

これまでの3次元イメージング法によるアプローチでは、臨床用途における実用性という観点から考えると組織標本の走査に時間を要するか、もしくは複雑な光学系を必要としていたのに対し、「オープントップ型」光シート顕微鏡は、高速測定が可能で有用性があり、毎分約1 mm3以下というサブミクロンスケールのパルス回転速度(分解能)での光学観察ができる。さらに、観察対象の試料を複数、顕微鏡に同時に取り付けることもできるので高感度イメージング法の代替措置とすることもできる。これは、実際の臨床現場で求められるあらゆる医療技術の開発、発展において極めて重要なことである。

簡便な組織透明化手法の手順

現在は様々な組織透明化の手順が報告されているが、臨床病理解析に求められる諸条件は検体の種類や部位別などいくつかの点で特異性を持つ。組織透明化を行うにあたっては、簡便且つ高速でなければならないことは言うまでもなく、透明化に用いる理想的な試薬としては光毒性(生体標本活性に対する励起光の影響)の少ないものが良い。また、前臨床期における検査方法では、透明化処理の過程において有機溶媒に浸漬すると消光してしまうことの多い内因性蛍光タンパク質を有する組織を用いるのがほとんどであるのに対し、臨床検体として用いるヒト組織には蛍光タンパク質は含まれない。そこで、研究グループは24時間以内でmm単位の厚さをもつ組織を透明化する試みとして食品用のシナモンオイル(桂皮油)を用いて溶剤ベースの透明化処理を行った。この手法は非常に簡便に組織を透明化することができる。

現在の病理解析で用いられている臨床検体の形態を可視化する方法として、発色性のHE染色標本を用いて顕微鏡で画像解析する蛍光標識による解析手法とともに、「オープントップ型」光シート顕微鏡による手法を組み合わせた細胞解析の開発も進められている。細胞診の核染色剤であるHE染色標本の色素量を疑似的に生成するために、赤色励起の試薬「TO-PRO-3」ヨウ化物を用いた。エオシン自体は緑色蛍光色素であり、赤色蛍光色素の「TO-PRO-3」に影響を受けずに細胞内の構造物を直接染色することができる。

このような赤と緑の蛍光2重染色画像は、どちらの色も 通常、デジタル画像ではグレースケール(白黒表示)で表示される。従って、今回組織透明化を用いて3次元蛍光イメージングを行うにあたり、HE染色標本画像のピンク色と紫色の階調を疑似的に再現するために「デジタル染色手法」を用いた(図7参照)。


Prostate: 前立腺→ Breast (Benign): 乳腺(良性)→ Breast (Cancerous): 乳腺(悪性/癌性)→ Skin: 皮膚
→ Bone (Metastases): 骨片(転移)→ Lung (Benign): 肺(良性)→ Lung (Cancerous): 肺(悪性/癌性)
Before Clearing: 透明化前
After Clearing: 透明化後
3D Volumer: 3次元モデル
2D Region of Interest: 2次元解析した特定の検出領域
2D Zoom-In: 2次元解析による拡大表示

図7:
従来の2次元解析によるHE染色標本画像から色素量を疑似的に生成する「デジタル染色手法」を用いた3次元解析による標本画像。
3次元的デジタル画像の方が、従来の2次元的解析により拡大表示したスライド標本の画像よりも高分解能である。
本研究で取り扱った各生検材料は以下の通り。
前立腺、乳腺(良性及び悪性)、皮膚片、骨片(転移)、肺(良性及び悪性)
スケールバーの表示:
・上から3行目まで(3次元画像) 2mm
・4行目(特定の検出領域の2次元画像) 100μm
・一番下の行(拡大表示した2次元画像) 10μm
図は、説明資料としてワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所、ドナルド A. グレーザー博士より提供されたもの。

小型・高信頼性のハードウェア製品

上記の蛍光色素は赤色や緑色の波長をもつレーザーを用いてスペクトルの励起が可能であるが、アプリケーションによってはさらに複数の蛍光色素の励起を実現する必要がある。従って、Cobolt社製 「Skyra」 マルチラインレーザーのように、例えば405nm, 488nm, 561nm, 638nmの可視光における4波長を励起光源にもつレーザーであれば、顕微鏡による多波長同時解析やシステム機能の拡張が可能となり、1度に励起できる波長域を拡げることができる点で有利である。さらに、光シート顕微鏡は励起効率が高く、露光強度が低いイメージング法であるため、生体観察を行うのにそれほど高出力でないレーザーが必要となるが、まさにCobolt社製 「Skyra」 は内蔵の各レーザーの最大出力がそれぞれ50 mWから100 mWである。同期を行うには変調による出力制御にも対応している(→ 周波数帯域は通常< 1kHz)。顕微鏡の光源に小型・高精度ビーム位置合わせ機構を有するCobolt社製 「Skyra」 マルチラインレーザーを用いることで、顕微鏡の使用に当たって複雑な光学系を必要とせずに、複数の蛍光色素を容易に励起することができる。

「マルチラインレーザー」を顕微鏡に搭載

Cobolt社製 「Skyra」 マルチライン(多波長ビーム搭載)レーザーは、光学顕微鏡に搭載することができ、1つの筐体内に小型化された複数のレーザー光源を内蔵している。高精度なビームの位置合わせを実現し、各光学素子は高温溶着技術によって密閉筐体内で確実に固定化されている。筐体内の各光学素子の高堅牢な接着を実現する高温硬化・固定化するこの手法は、Cobolt社独自のHTCure技術による。内蔵のレーザービームはすべて重複して出力され、温度変化や動作条件に左右されずに安定した出力とビーム重なりを保持したまま、1本のシングルモード偏波保持(PM)ファイバとの高効率結合も実現できる。

Cobolt社製 「Skyra」 マルチライン(多波長ビーム搭載)レーザーは、超小型かつ低価格で生体イメージング用の光学機器として利用でき、ダウンタイムを最小限に抑えるための生産性・保全性を支援するサービスを提供している。これにより、より高度なレーザーをベースにした顕微鏡技術を臨床現場にいち早く繋げることができ、医療診断精度の向上 及び 3次元的病理解析のさらなる発展を含めた新たな病理解析技術の開発の普及に向けた取り組みに大きく貢献できる。

今後の展望

2次元的から3次元的な病理学への移行に伴い、癌の診断や治療の精度はさらに向上するであろうと期待できる。続々と発表されている顕微鏡の手法(新たな組織透明化技術など)やハード面(マルチラインレーザーなど)のみならず、独自の高堅牢・光学設計を取り入れた顕微鏡(「オープントップ型」光シート顕微鏡など)の研究開発が加速しており、最先端の高速・高効率処理を可能とする光シート顕微鏡法は、3次元的病理解析における今後の臨床応用に向けた更なる展開に寄与できると考えられる。

3次元病理解析の利点として、病理標本全体の抽出の大容量化、重要なポイントとなる無傷の生体組織構造の3次元解析、データ収集のデジタル化、標本組織の機能崩壊が無く長期保存できるので後でまた病理検査を行いたいときに利用が可能、手間のかかる手動での処理が容易、1回の解析で得られた標本画像のデータへの依存性を低減することができる、ということが挙げられる。

残されている課題には、病理診断の迅速化と実際の臨床現場での活用がある。「オープントップ型」光シート顕微鏡の手法は、有用性、高堅牢性の構造設計、大きさや形状の異なる標本の画像が取得可能、組織透明化手法の高安全性を兼ね備えており、3次元的な臨床病理解析が一般に直面する課題の解決につながる技術として貢献できる。

光シート顕微鏡は、日々新しい開発がなされており、臨床応用における3次元病理学でさらに求められる課題にも対応できる。これらの新たな技術を導入することで、現在の2次元画像で組織の形態や病態を描出する作業工程よりも3次元的な病理解析での方がより定量的な画像分類を行うことができるので、さらに膨大な量の臨床研究によるデータ群を活用することが可能になるだろう。これらの研究は、ワシントン大学・分子バイオフォトニクス研究所以外でも様々な研究機関で、現在も行われている。

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