テクニカルノート

全スペクトル波長可変レーザーの出現による先端増強ラマン分光法の実現

2019年 07月31日

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Jaroslaw Sperling, Korbinian Hens

この図は、Fraunhofer IPMの
ジェンズ・キースリング氏のご厚意により
転載を許可していただいたものです。

OPO技術によって可視スペクトル全域にわたって波長可変なレーザーを実現

フォトニクスの研究にあたって、ナノメートルの分解能で新材料の特性評価を電子的に且つ振電的に行いたいという研究者の欲求に突き動かされたナノイメージング技術をさらに向上させるための多大な努力が必要とされる。先端増強ラマン分光法(TERS)は、大いに認知されているアプローチ法であり、探針の先端に局在化するラマン散乱光を強く増強して原子レベルで測定する手法である。しかしながら、とりわけ可視スペクトル領域全体にわたって波長可変なレーザー光が得られるレーザーがなかったために、これまでのTERSの実験の大部分は単一の励起波長帯に限られてきた。最近の研究では、波長可変光源の連続波光パラメトリック発振器をTERSのセットアップに組み合わせることで、カーボンナノチューブにおける励起波長に依存したハイパースペクトルイメージングでの観察が可能となっている。本論文では、実験の背後にあるレーザー技術について考察し、本手法における広範囲の潜在的な可能性を検証する。

柔軟な波長可変性

光パラメトリック発振器(OPO)は、レーザーのようなコヒーレント放射の発振をもたらす光源として捉えられがちだが、大きな違いが2つある[1]。:第一に、OPOの原理は、レーザー媒質(利得媒質)における誘導放出よりもむしろ、いわゆる非線形材料におけるパラメトリック増幅と呼ばれる過程に依存している。第二に、OPOは、励起光源としてコヒーレントな光を必要とし、インコヒーレント光か照明以外の光源のいずれかを励起光源とすることもあるレーザーとは異なる。

実際、OPOの概念は半世紀以上前に実験的に実証されているが[2]、ターンキー操作に対応した装置の開発や商品化における進歩はいくつかの技術的な課題により、実質的に滞っている[3]。平たく言えば、高ピークパワーの光パルス出力をするレーザーを用いればこれらの課題を克服するのは容易であり、そのため、様々な供給元からパルス発振動作の波長可変OPOを容易に入手することが可能になっている。最近では、連続波光パラメトリック発振器(cw-OPO)の技術が進歩しており[3]、それが商用システムの開発に拍車をかけている。

この進歩は、主に、コストパフォーマンスに優れた高性能なCW励起レーザーが入手しやすくなってきたことや新たな非線形光学結晶が出現し、その非線形結晶の設計がますます洗練されていることによる。励起レーザーについては、連続波光パラメトリック発振器(cw-OPO)を用いる場合、優れた光源を得るためにはシングルモード動作、ノイズ特性、ビーム品質、ビーム位置安定性において、厳しい動作条件を満たす必要がある。cw-OPOデバイスの利用者がどの出力を希望するかによって、DPSS(ダイオード励起固体)レーザー(低出力の場合)かファイバーレーザー(高出力の場合)かが通常用いられる。非線形光学材料や新たな材料設計技術については、結晶構造の周期性に変化があるPPLN(周期的分極反転ニオブ酸リチウム)のようないわゆる疑似位相整合非線形光学材料が出現したことは、光パラメトリック発振器を用いた実用的なデバイスの設計に非常に有益であることは注目に値する。

実用的な設計に関する考慮事項

OPOの技術は、任意の波長範囲における波長可変CWレーザー光を生み出すのに非常に理想的であると思われがちだが、OPOのプロセス自体では、励起光源よりも長い波長の出力光が生成されることは留意しなければならない。従って、OPOデバイスが可視スペクトル領域で動作するには、紫外領域を励起光源に用いるか、周波数変換段をさらに追加する必要がある。現時点では、商用のターンキーシステムの周波数変換段を追加することのみが技術的に実行可能であり、動作も安定することが証明されている。

[4]の文献より抜粋
↓Tunable Output (IR) & Remaining Pump Light: 波長可変出力(赤外光)&残りの励起光

図1:最初に、532nmのレーザーで非線形結晶に励起光を照射し、シグナル光とアイドラー光を発生させる(波長範囲:900-1300nm)。励起波長を選択し、それによって第2高調波が発生することで、シグナル光又はアイドラー光のどちらか一方が可視光領域(450-650nm)に波長変換する。緑色の矢印は励起光、えんじ色の矢印はシグナル光、紅梅色の矢印はアイドラー光をそれぞれ表す(任意で決定)。

図1は、可視領域をカバーするように設計された波長可変のcw OPO[4]の重要となる構造を説明している。基本的に、動作原理はOPO共振器及びSHG共振器と呼ばれる2台の共振器におけるカスケード非線形光学過程に依存している。上述したように、励起レーザーのフォトンがまず、低エネルギーフォトン2つ(信号波とアイドラー波)に分割される。ここで用いられているOPO方式は、通常、単共振型OPO共振器設計と呼ばれている。:システム全体におけるある動作波長で、特定の信号波かアイドラー波のどちらか一方が「共鳴するときに」共振器は動作する。それにより、周期分極反転型の非線形光学結晶による光の正確な移動や重ね合わせが実現でき、広い波長可変性を得ることが可能になる。特定の波長を選択する際には、適切な分極構造をもつ結晶層が自動的に選択され、温度制御ループを通して周期分極反転による位相整合の微調整がなされる。同時に、実効的なOPOの共振器長(鏡と鏡の距離)は選択した動作波長の整数倍に能動的に安定化される。生成された信号波又はアイドラー波のいずれか一方をOPO共振器内部で共鳴的に循環させている間に、別の非線形光学過程によって可視光へ波長変換するためにもう一方の光を抽出することができる。図1に示すように、この波長変換は、基本波のOPO共振器からの出力の周波数逓倍化によって第2の別の共振器内で行われるが、その過程は第2高調波発生(SHG)として広く知られている。注目すべき点は、このような共振器構成により、技術的に実行可能で且つ非常に安定した動作を実現できるだけでなく、共振器内周波数逓倍のような代替設計が実験室において十分に機能していたということだ。

カーボンナノチューブのラマン分光

上述した光源から得られるような広帯域波長可変のレーザー光によって、ナノイメージング技術はどのような進化を遂げるのだろうか。この疑問に答えるために、先端増強ラマン散乱(TERS)に基づいた新しい実験的アプローチにおける原理を検証する実証実験のための材料としてカーボンナノチューブ(CNT)を選んで使用した[5]。実際のアプリケーションで用いられるカーボンナノチューブの形状は、グラフェン(厚さ1原子の炭素シート)を円筒状に丸めたもので、このベクトルはカイラルベクトルと呼ばれ2つの指数(n, m)で定義される。カーボンナノチューブの微細構造はこのカイラルベクトルによって一意に決まる。すなわち、チューブの直径とチューブ軸方向の角度によって規定されるのだ。ラマン散乱は、カーボンベクトルの実験的同定ができる主な手法として定着している[6]。それにより、動径方向における炭素原子の集合体運動である協調振動モード(radial breathing mode: RBM)が、ラマンスペクトルにおいて特定の構造(カイラル指数:n,m)を指紋のように表すのに役立つ。

ここで注意すべきことは、一般にカーボンナノチューブ(CNT)はラマン散乱の信号強度が極めて微弱なため、実用的にはこれだけでは不十分である(レーザーのような高強度光源を用いる必要がある)ということだ。しかしながら、レーザーエネルギーが光学的に許容された電子遷移のエネルギーと一致するとラマン散乱の効率は著しく増大する(共鳴ラマン効果と呼ばれる増強過程)。つまり、特定のレーザー励起波長において、CNT混合物から観測されたラマンシグナル(それぞれRMBピークに対応)は、励起光を用いて電子共鳴したCNTからのみに由来するということである(図2参照)。なお、溶液中のCNT混合物について記録したラマンデータは、組成解析として認識されるべきではあるが、空間的な情報は全く含んでいないことに注意していただきたい。

P.Kusch氏(ベルリン自由大学提供)の論文より抜粋

図2:エタノール溶液(濃度:1g/l)に含浸した単層カーボンナノチューブ(CNT)混合物の共鳴ラマン散乱スペクトル。記録されたスペクトルの励起波長はそれぞれ、上から633nm, 600nm, 568nm, 532nm。各ピークは、特定のカイラリティ(n, m)に対するCNTの信号を検出したものである。

励起光を波長可変する先端増強ラマン分光法

P.Kusch氏(ベルリン自由大学提供)の論文より抜粋
入射スリット
対物レンズ
AFM(原子間力顕微鏡)の探針
CNT混合物
基板

図3:完全制御型の波長可変OPOレーザー(C-WAVE)からの励起光は、ビームスプリッタを介してAFM(原子間力顕微鏡)用プローブの探針先端に集光される。試料からの先端増強ラマン散乱光がグレーティング搭載の分光器に集光され、スペクトルが記録される。

TERSをセットアップするための主な構成要素は3つある。励起用のレーザー光源、先端に鋭い金属探針を有する原子間力顕微鏡、非弾性散乱放射を記録するラマン分光器である(図3参照)。基本的に、TERSの背後にある物理的な原理は、顕微鏡の先端部でレーザー光によって励起される、いわゆる局在表面プラズモンに依存する。このプラズモン(自由電子の集団振動)によって、強く局在化した電磁場が生成されるが、それは、入射光やラマン散乱光の強度を数桁倍増強させるだけでなく、対象試料中において励起子を強く局在化させることができる。このように、先端で測定される試料のピーク位置の関数として先端増強ラマンスペクトルの強度を記録することで、TERSによる高い空間分解能(10nm未満)でのナノイメージングが可能になる。

P.Kusch氏(ベルリン自由大学提供)の論文より抜粋
規格化されたラマン強度

図4(a):各カーボンナノチューブにおけるRBM (Radial Breathing Mode)の合成ラマンスペクトル(青線)、far-fieldラマンスペクトル(黒線)、先端増強ラマンスペクトル(赤線)。先端増強ラマンスペクトルは、(カイラル指数7,5)のカイラリティを持つナノチューブをはっきりと示している。
図4(b):先端位置の関数としてRBMバンドのラマン強度をプロットすることで得られた(カイラル指数7,5)カーボンナノチューブのナノイメージ。

図4は、CNT混合物を塗布したフィルムの解析を行うために、単一波長(633nm)のレーザーの励起光を用いてTERSの実験を行った際の一連のスペクトルの変化とナノイメージングによる測定結果を示す。最初に、顕微鏡の探針先端をCNTフィルムに近接させxy方向に配置することでいわゆる「合成ラマンスペクトル」を記録する。その結果得られた合成ラマンスペクトルには、複数のCNTのRBMピーク(すべてのCNTが励起波長に対して電子共鳴状態である)が存在する。次に、顕微鏡の探針先端を引っ込め、先端増強ラマン散乱による信号への寄与なしにいわゆる「far-fieldスペクトル」を記録する。合成スペクトルからFar-fieldスペクトルを差し引くことで、純粋な先端増強ラマンスペクトルを取得する。最終的に、その得られたスペクトルから、様々な種類のCNTを明白に識別することができる(図4a)。特定のCNTの空間像を得るために、この手順を繰り返す。:探針先端を試料表面に近づけ1点ずつ走査し、各点における純粋な先端増強ラマンピークの強度を決定する(図4b)。ここではっきりと分かるように、CNTの長さは約800nmであり、その構造は階段状に曲がって形成されている。多くのTERS実験に見られたような実験的アプローチからも明らかなように、優れた分析能力をもつイメージングをするためのセットアップをする際に必要とされる試料は、必ずしも電子共鳴するCNTの微小領域でなければならないとは限らない。逆に、上記手順に従うと、原則として、研究対象の試料の検査は、波長可変レーザー光源でカバーできる準連続波の波長を用いて行うことができる。本実施例では、上記手順によって、多種多様なCNT材料に対するかつてない精度での分析が可能になっている(図5)。ナノイメージングにおけるこのハイパースペクトルの原理は、励起光を波長可変する先端増強ラマン分光法(e-TERS)を基礎としている[5]。4つの異なる励起波長を用いることで、同一試料表面における全部で9種類の異なるCNTを識別し、画像化することができた(図5)。e-TERSによるナノイメージングによって、形状と軸方向が異なるCNTが空間的に重なり合った場所にある様々なCNTの形状と軸方向の情報を始めて可視化することができる。また、e-TERSによるナノイメージングは、単一の励起波長を用いて共鳴する狭帯域の電子遷移によって決定される観測窓に限定されない。

P.Kusch氏(ベルリン自由大学提供)の論文より抜粋

図5:4種類の励起波長を用いて記録されたカーボンナノチューブのナノイメージ。
ナノイメージにあるカイラル指数によって各カーボンナノチューブの構造が決定される。

おわりに

結論として、励起・波長可変の先端増強ラマン分光法における実証実験は、OPO技術に基づく新たな波長可変レーザー光源が使用できるようになって初めて実施できる。一般的なレーザー技術の観点から、OPOの性能特性は従来のレーザーの競合製品となるか、また広帯域・波長可変CWレーザー光を生成するための関連技術を有しているかということが重要である。実験的な方法論の観点からは、e-TERSによって、ナノメートルでの物質における電子的及び振電的な性質の分析を実現するための新たな実験的展望が切り開かれることが期待される。

謝辞

本論文を作成するにあたり、ベルリン自由大学の研究グループ(教授:Stephanie Reich氏)に属するPatryk Kusch氏からご協力を頂き、有益な議論、ご支援を頂きましたこと、深く感謝致します。

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