アプリケーションノート

ラマン分光実験に最適なレーザーの選択要因とは?

2018年 10月12日

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近年の急激な技術の進歩に伴い、ラマン分光法は我々の身近な技術になりつつあり、低コスト化の実現、さらには材料科学におけるアプリケーションや製薬、食品・飲料、化学、農業の分野でのインラインでの工程管理に対応した非常に理想的な分析ツールとなっている。信号の発生や検出のための新たな試みが構築される中で、レーザー技術の向上、アレイ検出器(CCD及びInGaAs)やスペクトル解析フィルター(VBG/体積ブラッググレーティング ベースのノッチフィルター)の開発がされ、それらを搭載したラマン分光装置によって、微弱信号の検出が可能となったことで、ラマン分光における機器開発や市場の成長が加速されている。本稿では、ラマン分光法を用いた実験に適したレーザーを選択する場合に、重要となる性能パラメータについて議論する。

なぜ、どのレーザー波長を選択するかがラマン分光法において重要なのか?

ラマン分光法では、一般的に紫外から可視、近赤外に亘るまで様々な異なる波長を用いる。所定のアプリケーションに対して、試料に照射するのにどの波長がベストであるかというのは、いつも明らかであるというわけではない。ラマン分光法における最適な実験を行うためには、様々な変動要因を考慮しなければならないが、その大半は波長の選択と関係している。

まず第一に、ラマン信号は本質的に非常に微弱であり、通常百万回に1回の割合で起こる試料の材料中の電子(フォトン)と格子振動(フォノン)の相互作用に依存している。さらに、ラマン散乱光強度は波長の4乗に反比例するため(レイリーの散乱法則)、レーザー波長が長いほど結果的にラマン信号強度が弱くなってしまうことを意味する。

検出器の感度もまた、波長範囲に依存する。ラマン信号の検出には、一般的にCCD検出器が用いられる。波長が800nmを超えた場合はこれらのCCD検出器の量子効率は急激に下がってしまうので、その場合は、InGaAs検出器を用いることもできる。ただし、InGaAs検出器は、CCD検出器と比べて高ノイズ、低感度、高コストである。

ここまで見ていくと、ラマン信号強度や検出器の感度による波長依存性から、近赤外領域の長波長レーザーではなく紫外や可視領域の短波長レーザーを常に用いれば問題はないように思われる。しかし、短波長レーザーにも解決しなければならないことがある。蛍光発光だ。紫外・可視光を吸収して励起状態となったときには、多くの材料が蛍光を発する。この蛍光によって、微弱なラマン信号が埋もれてしまうことがある。


それでもラマン分光で最もよく用いられている波長は785nmだ。この波長は、ラマン散乱効率、蛍光の影響、検出器の量子効率、費用対効果の高さ、コンパクト性、高品質レーザー光源にベストなバランスを提供する。しかしながら、現状では、青や緑(特に532nm)の可視レーザーが用いられることが増えている。

3つの異なる波長で測定したポリイミド薄膜のラマンスペクトル。励起波長532nm(緑)及び785nm(近赤外)のレーザーを用いた場合は、ラマン信号は蛍光に埋もれてしまう。405nmレーザーを用いると、この問題は容易に解決される。

ラマン分光法を用いた実験に適したレーザーを選択する際に、どのような性能特性を考慮すべきか?

波長に加えて、ラマン分光法を用いた実験で最も適したレーザー光源を選ぶ場合に、考慮するべき重要な性能パラメータは数多くある。主なものとしては、スペクトル線幅、周波数安定性、スペクトル純度、ビーム質、出力・出力安定性、ビームの分離性が挙げられる。さらに、コンパクトサイズ、堅牢性、高信頼性、長寿命、低価格も重要な要素だ。

レーザーパラメータ 条件
スペクトル線幅 スペクトル線幅は、観測されるラマン信号のスペクトル分解能に限界を設定する(すなわち、蛍光物質からどれほど小さなストークスシフト【励起光と蛍光の波長差】の値を検出できるか)。たいていの固定されたグレーティングシステムでは、システムのスペクトル分解能を制限しないようにするために、線幅が数10pm以下でなければならない。しかしながら、高分解能システムには、1MHz未満の線幅が求められることがあるように、それよりもはるかに小さい線幅が必要な場合もある。
周波数安定性 スペクトル分解能を悪化させないために、スペクトログラムのデータ取得中に当てる光の波長は固定したままにしなければならない。一般的に、長時間、動作温度範囲において、レーザーの線幅は数pm以内に抑える必要がある。
スペクトル純度 ラマン信号を検出するには、通常はレーザー光源から>60dBのスペクトル純度が必要である(すなわち、サイドモード抑圧比がどれほど高いか)。多くの場合、スペクトル純度のレベルが主ピークから約1-2nmに達すれば十分である。しかしながら、低周波数ラマンのアプリケーションの場合は、主ピークから数100pmの高いサイドモード抑圧比(SMSR)が必要になる。
ビーム品質 共焦点ラマンイメージングのアプリケーションでは、最適な空間分解能を実現するために回折限界のTEM00ガウシアンビームを用いる必要がある。しかし、光プローブによるラマン分光法を用いた定量分析の場合は、この条件はそれほど必須ではない。通常、マルチモードファイバー(例:コア径が50-100μmのMMファイバー)と容易にカップリングできるビーム質があれば十分である。
出力及び安定性 標準的なレーザー出力は、紫外領域の約10mWから近赤外領域の最大約100mWである。出力条件は波長、材料の種類(調査対象)、サンプリング周波数、イメージング速度に関係している。レーザー出力は、数%以上変動してはならない。周囲温度の変化に対しても同じことが言える。
戻り光のアイソレーション 特に、共焦点イメージングのセットアップでは、試料からの光学フィードバックを容易に発生させることができるが、これは励起光に対してもほぼ同軸上である。この光学フィードバックによって、出力やノイズが不安定になる可能性もあり、最悪の場合はレーザーが永久的に損傷する原因になる。光学アイソレータを通過した後の出力の高安定性を実現するには、アライメントの際に十分な注意が必要となるので、通常、レーザー光源自体に光学アイソレータを直接組み込むのが望ましい。

最後に、コンパクトサイズ、堅牢性、高信頼性、長寿命、低価格であることもラマンシステムの最適な照射光源を選択するのに非常に重要なパラメータだ。ラマン分光測定は、多くの科学及び産業アプリケーションにおいて標準的な分析ツールとして進歩している。今後何年にも亘って、レーザー光源の処理や交換を必要とすることなく、ラマン分光法を用いた実験やプロセスモニタリング測定はもっと身近なものになるだろうと思われる。ますます多くの場合に、過酷な産業環境下でもラマン装置が正常に動作できるようにすることが求められる。

これらの理由から、最近ではラマンシステムのほとんどに光源としてガスレーザーよりもむしろ固体レーザーが用いられる。今日、小型で数万時間の長寿命(最も高度な光学性能要件を満たす実証済みの時間)の固体レーザーは、ラマン分光でよく利用されるあらゆる波長範囲に対応可能だ。

ラマン分光法に一般的に用いられるレーザーにはどんな種類があるのか、また自分が利用するアプリケーションにはどのレーザーが最適であるか

ラマン分光法で一般的に用いられるCWレーザー(固体)光源は、下記の3つのカテゴリーに分けることができる。

1)ダイオード励起レーザー:SLM(単一縦モード)
2)シングルモード・ダイオードレーザー:DFB(分布帰還型)またはDBR(分布反射型)
3)VBG周波数安定化ダイオードレーザー

これらのレーザー技術は、以下に説明するように、それぞれ異なった対応波長範囲をもち、光学性能も大きく異なる。

1)ダイオード励起SLMレーザー(DPLレーザー)は、非線形光学効果を用いた周波数変換技術を内蔵しており、紫外領域から近赤外領域に対応している。 コンパクトな設置面積ですぐに使用することができる。近赤外領域の1064nmでは最大出力がWレベルとなる。可視領域では、青・緑・赤色領域(660nm, 640nm, 561nm, 532nm, 515nm, 491nm, 473nm, 457nm)という非常に多くの波長に対応しており、これらの波長の場合の出力は数百mW単位である。紫外領域では、355nmのときに10から50mWというように、より少ない出力も可能だ。
これらのレーザーは、優れたTEM00ビーム、高精度波長、低ドリフト、単一周波数・1MHzよりもはるかに小さい(標準値)狭線幅を実現している。さらには、主ピークの線幅が最大pmレベルまでのときにSMSR(サイドモード抑圧比)が60dBを大きく超える(標準値)非常に高水準のスペクトル純度を提供している。所定の波長帯域の近辺で低レベルの不要な光が発生する可能性があるが、これは主ピークから数ナノメートル波長シフトした分であり、そのため誘電体膜のバンドパスフィルターを搭載することで簡単に除去できる。波長安定性に関しても非常に高い(下図参照)。

典型的なTEM00ビームプロファイル
典型的なスペクトル純度
Cobolt製DPL(ダイオード励起SLMレーザー)の波長スペクトル。
後者の図は、60dB以下の非常に綺麗なスペクトル(サイドモード無し)を示している。
Cobolt製Jive 561nmレーザー
温度サイクルでの波長安定性
Cobolt製DPL(ダイオード励起レーザー)の波長安定性。
30℃のベースプレート温度変化で、波長シフト量は<3.1pmであることが分かる。

2)シングルモードダイオードレーザーは、超コンパクト設計低価格、優れたビーム質(<1MHzの狭線幅、単一周波数、単一横モード)を実現したレーザー照射光源で、赤から近赤外領域の様々な波長に対応しており、出力は最大数100mW、線幅はMHzレベルである。最も一般的に用いられている波長は785nm,830nm, 980nm, 1067nmだ。これらのレーザーのサイドバンド抑圧比(SMSR)は約50dBで、これは通常主ピークから数100pm波長シフトしたときに達成される。

3)ラマン用のレーザー光源の3番目として挙げられるのは、VBG周波数安定化ダイオードレーザーだ。狭帯域化に威力を発揮するVBG(体積ブラッググレーティング)素子をダイオードレーザーに採用しているので、DFB(分布帰還型)又はDBR(分布反射型)光源では対応できない波長における狭線幅発振を実現している。さらには、周波数ロックしたマルチ横モード発振のダイオードレーザーによって、高出力での狭線幅も可能にしている。出力波長や線幅(特に変動する周囲温度に対する)の高安定性を達成するためにはレーザー内部の温度制御や高精度アライメントを十分に注意して行う必要がある。線幅は波長や出力に応じて、単一周波数発振から数10pmに亘る。そして、他のダイオードレーザーと同様に、SMSRは主ピークに近い40dB ~ 50dBに制限される。しかしながら、ファイバーを搭載することで主ピークから1nm ~ 2nm波長シフトしたときにSMSRを60dB ~ 70dBに改善することができる。

Cobolt製08シリーズNLD 785レーザー
波長安定性 vs 温度
黄線は変動する温度特性及びスペクトル特性におけるスペクトル線幅の安定性を、赤線はバンドパスフィルター無しでのスペクトル線幅の安定性を示す。いずれもCobolt製08シリーズNLDレーザー(波長785nm, 出力500mW)からの観測結果。

Cobolt社のレーザー技術の特色及び利点は何か、またこの技術がラマン分光のアプリケーションにどう役立つのか

Cobolt社がラマン分光装置の業界向けに提供しているレーザーは、ダイオード励起SLM(単一縦モード)レーザー(DPL)及びVBG安定化ダイオードレーザーだ。これらのレーザーは両方とも、一つひとつの光学素子の取り付け及び固定を極めて高い精度で行う必要がある。それ故に、高信頼性の製品とするには、レーザーの組み立て作業に、高度な製造技術や実証済みの熱衝撃及び機械的ストレスに対する耐性が必要である。Cobolt社のDPLレーザーとVBG安定化ダイオードレーザーはすべて、自社独自のHTCureTM技術で製造されているが、これは熱機械衝撃の影響を受けない密封筐体に小型化された複数の光学部品を高精度に高温硬化・固定する技術だ。この技術アプローチによって、100℃以上の高温下での繰り返しの使用や60G以上の機械的衝撃に耐えることができる高信頼性のレーザーを提供することができる。

Cobolt社製08-01シリーズ・コンパクトSLM・狭線幅レーザーは特に、ラマン分光アプリケーション用に設計されている。この製品の技術的土台となるものは、ダイオード励起SLM(単一縦モード)レーザー(08-DPL))及びVBG安定化ダイオードレーザー(08-NLD)がコンパクトサイズの密閉型・筐体設計であるということだ。モジュールはエレクトロニクスやオプションの光学アイソレータを完全一体型にしている。出力ビームはコリメートされた自由空間光又はマルチモード/シングルモードファイバーへのカップリング光だ。対応波長は、405nm, 457nm, 473nm, 515nm, 532nm, 561nm, 660nm, 785nm, 1064nmだ。

ラマン分光用Cobolt社製08-01シリーズ・コンパクト
SLM・狭線幅レーザー

Cobolt社とは

Cobolt社は、高性能ダイオード励起レーザー及び紫外・可視・近赤外のスペクトル領域におけるレーザーダイオードの製造において、業界をリードする企業として知られている。Cobolt社は、高信頼性・単一周波数又は狭線幅の非常に幅広い領域に対応するコンパクト設計・高性能・CW発振レーザーを提供している。
当社独自のHTCureTM製造技術により、レーザーは基本的に環境変化や機械的衝撃の影響を受けない高い堅牢性と信頼性を備えており、この技術に基づいたレーザー設計における固有の性能特性から、Cobolt社がラマン産業界でリーダーシップをとる優れたレーザー製造業者の一つとして認識されるようになっている。

www.coboltlasers.com

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