テクニカルノート

ラマン技術の進歩(SERS,TERS,CARS)とレーザー要件

2020年 04月09日

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はじめに

振動遷移をプローブ光として検出するラマン散乱は、発見以来飛躍的に発展し、この現象をベースとした様々な体系が開発され、大きな成功を収めている。
その利用は基礎的な科学研究から医療機器・産業機器にまで及び、体系の中には線形ラマン散乱を利用したものがあるが、非線形ラマン応答をプローブ検査するために高いピークパワーをもつ電界を利用しているものもある。
本稿では、レーザー光源の要件や最近の開発により発展したレーザー技術の進歩について述べるとともに、その相違点及び利点の概要を言及する。

線形ラマン

コヒーレント光源を発生させる高強度レーザーの出現により、(試料上の)信号強度を増大させて測定できる検出器が容易に利用できるようになり、ラマン散乱光を用いた分光法の活用が進められている。
(ラマン分光法に)これまで最も広く利用されている手法は商用のCWレーザーを用いた線形ラマンであり、励起波長は使用する試料に応じて選択する。一般的に、波長の短い光ほど高効率動作をするが、ラマン散乱光の強度増大により紫外領域の生体試料に損傷を与えてしまう可能性がある。
弊社の473nm ~ 1064nmの波長に対応した半導体励起固体(DPSS)レーザーは、高分解能を必要とするラマン測定に最適な性能をもち、必要に応じて、高分解能を実現するために振動遷移の線幅の範囲内となる数十GHz又は1MHz以下の狭線幅の光出力、低ノイズ(0.02%未満)、優れたビーム質(基本横電磁モード = TEM00モード)を実現している。
波長は検査対象の試料に基づいて選択するが、必要となる仮想状態の電子遷移に一般的に用いられる波長は、532nmである。以下の節では、異なる分野のラマンアプリケーションから4つの例を挙げ、線形ラマンの様々なアプリケーション及びその進歩を示す。
「real-world application」(実環境下のアプリケーション)の研究例であるラマン分光法や多変量解析を用いて実現する食品の品質管理については、Jernshojら1によって説明されている。そこでは、肉や野菜の品質の調査について、実験室環境下ではない場所での条件にあるシステムを構築する際に、光源の仕様とともに、議論されている。
実環境下のアプリケーションに対応するためには、レーザー光源が正しい出力パラメーターで動作するだけでなく、機器への統合を実現するために持ち運び可能で高効率であり、またOS(基本ソフト)でインターフェースを確保できるような堅牢な設計である必要がある。
下記は、高分解能・高品質ビームを特徴とした狭線幅レーザー光源を用いて得られた2つの実験結果である。
波長532nm・線幅1MHzの単一縦モード(SLM)レーザーを用いて、カロテノイドの励起から高分解能の共鳴ラマンスペクトルを取得し、細胞集団2のハイスループット解析に用いられる12CO213CO2の二酸化炭素同位体を区別した。図1を参照してほしい。分析した細胞は光合成微生物由来のもので、再生可能エネルギーやバイオテクロノジーの分野で極めて重要である。

12Cで標識した細胞のラマン信号強度
13Cで標識した細胞のラマン信号強度
・バックグラウンドノイズの閾値

2つの細胞が、順次 信号検出領域を通過した。1つ目を13Cで標識した細胞として認識し、2つ目を12Cで標識した細胞として認識した。

2つの細胞の元々のラマンスペクトル:1つ目の細胞(13C同位体、赤色のスペクトル)と2つ目の細胞(12C同位体、緑色のスペクトル)。振動エネルギーがV1の共鳴ラマンバンドを目印として用い、細胞数の測定時に細胞の識別を行った。

図1:光合成微生物数を測定する共鳴ラマン効果を用いたマイクロ流体デバイスの例。
シアノバクテリア(酸素発光型の光合成を行う細胞群)のモデル種Synechocystis sp. PCC 6803がマイクロ流体デバイスのラマン検出領域を通過する様子。このとき、毎秒約27スペクトルの共鳴ラマンスペクトルが得られた。12Cと13Cの安定同位体を区別するために、振動エネルギーがV1の共鳴ラマンバンドを用いた。このバンドの強度を時間軸にプロットし、12Cと13Cの安定同位体で標識した細胞をそれぞれ緑色と赤色で表示した。23.3秒付近の図の一部を拡大し、13Cと12Cの安定同位体で標識した細胞がラマン検出領域をわずか約0.1秒間隔で順次通過したことを示している。すなわち、前処理を必要としないこれら2つの細胞の共鳴ラマンスペクトルは、すべてのカルテノイドに特徴的な共鳴ラマンバンドにおける赤色色素のラマンシフトを示す。
Li氏らの許可を得て転載 「c2012 アメリカ化学会」

この研究では、ハイスループット・ラマン活性化細胞選別(RACS)システムが開発され、ラマン活性化細胞数測定を行った。
レーザービームの収束性が高いため、約0.5~1μmの空間分解能を持っており、個々の細胞を見分けることができる。
高分解能ラマンに基づいた原子薄膜における光学移動度(ドリフト移動度)を正確かつ定量的に測定するという新しいアプローチ方法が、Ji氏3らによって示されている。一平面内に強磁場を発生させ、面外ラマンモードでは発生しないラマンモードの強度の大きな変化を用いる。これは対称性の破れに誘起された磁場に起因する。
磁場に依存したラマン強度を定量的に解析すると、光学移動度を決定することができる。定量的な計測には、低ノイズ且つ高安定出力であることが重要である。この計測で用いられるSLMレーザーヘッドの「torus」(Laser Quantum社製)のビーム質は大変優れているので、共焦点顕微ラマンでの測定用のセットアップに最適である。
ラマン分光法に一般的に用いられるCWレーザーの線幅は数十GHzであり、非常に堅牢な筐体をすぐに利用することができる。がん研究において、ガンの挙動の可能性がある細胞をスクリーニングするには、自動的に分析できるシステムが必要となる。レーザー光ピンセット型ラマン分光法(LTRS, レーザー捕捉・顕微ラマン分光法)をベースとした、このような自動分析システムはcasabella氏4らによって示されている。マイクロ流体回路内の個々の細胞の捕捉及びラマン測定を行うためには、長期のビーム位置安定性と同様に強い集光を確保する優れたビーム質TEM00が必要である。
ここでは、波長が異なる2つのレーザーを使用した。1つはレーザートラッピング用の1064nmレーザー、もう1つはラマン分光用の532nmレーザーである。これらのレーザーは両方ともLaser Quantum社製のventusシリーズのレーザーであり、リモート制御が可能なので、システムの全体的動作を制御するうえで、うまく統合されている。
試料によっては、ラマン遷移が実際の遷移に近接して発生する場合、散乱の効率を増大させることができる。しかしながら、対象のすべての試料がこのような利点を持っているわけではない。線形ラマンの高感度且つ高空間分解能での分析を実現するために、表面増強ラマン散乱(SERS)やこれを応用したチップ増強ラマン散乱(TERS)など様々な手法が開発されている。
表面増強ラマン散乱(SERS)では、構造体を表面に用いることで、これらの構造体に起因する電場の増強に加えてラマン信号強度を増強させる。最近では、磁性材料などのナノサイズの半導体を用いたハイブリッド構造体もPrakash及びその同僚ら5によって説明されているように、表面増強ラマン散乱(SERS)に適した優れた性能を有することにより注目を集めている。
チップ増強ラマン散乱(TERS)では、プラズモン共鳴効果を利用した原子間力顕微鏡(AFM)の探針先端部を介して試料に励起光を照射する。この手法により、探針先端の幾何学的形状から磁場を増強させることができるのと同様に、集光スポット径の回折限界を超え、空間分解能を向上させることができる。場合によっては、試料に応じて、電場の増強による信号の増大が励起体積中の振動子(分子)の数が減少することによる信号の減少を上回る。偏光度の高い優れたビーム品質により、原子間力顕微鏡(AFM)の探針の上でμmの位置に焦点を合わせることができ、探針先端における電場増強の原因となるメカニズムである偏光依存性の表面プラズモンの励起を効果的に行うことができる。Kumar氏6及びLageluddecke氏7の論文では、各アプリケーションの方法や種類に関する概要が示されている。
入力カップリングが顕微鏡のセットアップに備えられているのと同様に、約数分間という短時間のウォームアップ時間で優れたビーム位置安定性を得ることができることで、集中して実験を行うことができるような高信頼性の動作を日々実現することにつながる。
非線形ラマンの話に行く前に、以下で、チップ増強ラマン散乱(TERS)の有用性を示す分析事例を2つ紹介する。

縦軸:正規化した強度 横軸:波数(cm-1
(A)粉末試料 / (B)傾斜させた試料 / (C)平面状の試料

図2:チップ増強ラマン散乱(TERS)に低温超高真空STM(走査トンネル顕微鏡)装置を融合して調べたポルフィリン誘導体の単一分子
(A) 粉末試料のラマンスペクトルから配向性に関する情報が多く得られている。
(B) TERS(チップ増強ラマン散乱)により傾斜させた試料の観察を実現している。
(C) 平面配向性を有する単一分子の高分解能観察を実現している。
特に、(B)と(C)のTERSスペクトルで顕著な違いが見られる。
Xiang氏らの許可を得て転載「c2013 マクミラン出版社(イギリス)」

チップ増強ラマン散乱(TERS)は高い空間分解能を実現するので、スペクトルを計測することにより単一分子の傾きを可視化することができる(図2参照、張氏ら8の論文から引用)。また、同著者らは、0.5nmの空間分解能で単一ポルフィリン誘導体の環状構造を観察することに成功した(右側の図2参照)。
さらに別の実験では、ロドリゲス氏ら9によって述べられているように、チップ増強ラマン散乱(TERS)により、顕微ラマン実験を利用して(図3)、酸化鉄ナノ粒子のスピン波の情報を得ることができた。

A:
ナノ粒子上に配置された探針先端 / ラマンスペクトルの位置/nm
657 cm-1におけるLO(Longitudinal Optical: 縦型光学)モード
500 cm-1における A+gモード
620 cm-1におけるEgモード
1323 cm-1におけるLOモード
1587 cm-1におけるスピン波/マグノンモード
ラインスキャン
試料が探針先端から離れた部分

B:
縦軸:ラマン強度/ x 10の3乗カウント数
横軸:ラマンスペクトルの位置/nm
ラマン強度プロファイル
2LOモード/スピン波モード/ Egモード
ナノ粒子上に配置された探針先端
試料が探針先端から離れたとき

C:
Ag薄膜で被覆した原子間力顕微鏡(AFM)のカンチレバー先端
ナノ粒子
ガラス

図3:
a) ガラスに固定したナノ粒子の界面に沿ってラインスキャン方式で取得したチップ増強ラマンスペクトル。この積層構造評価により、700 cm-1未満にいくつかの1次振動モード、1323 cm-1付近に2LO(縦型光学:Longitudinal Optical: LO)フォノンの振動モード、1587 cm-1付近にスピン波の振動モードが存在することが明らかになっている。高速イメージングのステッピングサイズは1nmにして、これらのスペクトルを取得した。図は、ラインスキャン方式でのTERS顕微鏡による走査の際に得られたAFM(原子間力顕微鏡)画像である。
b) ラインスキャン方式で走査した3つの振動モードの強度プロファイル。TERSに用いる探針先端がナノ粒子の上に来た時に、スピン波のラマン散乱強度が急激に増加したことを示している。この後、探針先端が試料から離れたときに、すべての振動モードの強度が低下した。
c) TERSに用いる探針先端のスケッチ図。このナノ粒子の形態に注目すると、探針先端部のナノ粒子の側面の2か所間に異方性が存在していることが分かる。ロドリゲス氏ら27によると、結晶学的ファセット(結晶が平らな面状であること、ファセット=晶壁と呼ばれる原子レベルで平坦な領域)構造や、結晶中の刃状転位像という表面の情報が得られた。
ロドリゲス氏ら9の許可を得て転載 「c2007 アメリカ化学会」 「c2013 マクミラン出版社(イギリス)」

非線形ラマン

ラマン散乱過程の効率を大幅に向上させるために、様々なコヒーレント(非線形)ラマン過程の研究が行われている。非線形ラマン過程では、少なくとも2つの異なる波長を用いるが、線形ラマンの技術と同様のラマン活性振動モードを利用する。
通常、波長の異なる2つのパルスレーザーを用いたレーザーのセットアップを行うと、より複雑ではあるがコヒーレントなラマン過程を実現し、一般的に線形ラマン過程よりも何桁も高い信号の生成が可能となる。実際に、コヒーレントラマン散乱の利点は、線形ラマンに対して信号強度が全体的に高いことである。
コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)では、コヒーレントにラマン遷移を起こすために2つの波長の差を用いる。
通常、電子制御された2波長同期の狭帯域ピコ秒レーザーパルス列を用いるが、CARS分光法に用いる波長でそのうちの1つのパルス列をスキャンする。CARS信号の形状は線形ラマン信号の形状とは異なり、さらに、共鳴ラマン過程と非共鳴ラマン過程による信号を区別することで全体的な感度は制限される。測定方法の概要は、Xie氏及びその同僚ら10の論文に記載されている。
コヒーレントラマンの1つである誘導ラマン散乱(SRS)もまた、2色の同期したパルスレーザーを用いてコヒーレントに非線形ラマン過程を起こす。この手法により、非共鳴バックグラウンドを大きく低減することができ、また、出力されるトレース情報は従来のラマンと同じであるので、化合物の測定結果に関する既存のデータベースを用いることができたり、測定データを定量的に解釈できる11
コヒーレントラマンの1つである誘導ラマン散乱(SRS)は、レーザービームの1つの変調である二重変調方式・誘導ラマン利得/損失検出(SRGOLD)を利用し、検出の際のバックグラウンドがない。さらに、3色レーザービームの励起方式を用いた最新の手法である12
コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)と誘導ラマン散乱(SRS)の手法の両方とも、原則としてフェムト秒又はピコ秒レーザー(さらにナノ秒レーザーも)を用いて行われるが、それぞれに利点と欠点が存在する。歴史的に、2波長同期・電子制御・波長可変レーザー光源が用いられている13が、今日では、より一般的に、光学的に同期したパルスを得るために光パラメトリック発振器が用いられている。
しかしながら、現在市場に出回っている機器の多くは、波長可変速度が制限されているため、CARS/ SRSスペクトル14の取得速度が遅い。
CARS/ SRSスペクトルの取得速度を大幅に向上させ、さらに単一ビームにも対応できる1つの方法は、マルチプレックスCARS顕微分光法15, 16又はマルチプレックスSRS顕微分光法17, 18を用いることである。この手法では、狭帯域のポンプ光と広帯域のストークス光、あるいは位相整形された超広帯域スペクトルをも用いて、多数のラマンシフトの情報を同時に取得するために必要となるすべての波長に対応することができる。ただし、並列検出を行うには専用の高度な検出器及び電子機器が必要になる場合がある18
今ではどちらも入手可能となっている、典型的な帯域幅となる近赤外の約400nm波長域に対応した超広帯域レーザー発振器、及び、帯域幅が300nmを超えるOPCPAのような高繰り返し周波数の増幅器システムを用いると、広帯域・単一ビーム・ラマン分光法が可能となっている。上記の帯域幅により、最大4000cm-1の波数範囲が測定可能である。さらに、複数の手法を効率的に組み合わせたり、フォトダイオードを内蔵した非常にシンプルな検出器を用いて超高速でのCARS分光法を実現している。
広帯域CARS分光法では、spectral focusing(スペクトル集束)19という手法の原理を用いる。ポンプ光とストークス光の2つの光パルス(あるいはそれ以上)を用いて(分子の)振動数を測定するためにガラス製のパルスストレッチャーでパルス幅の伸長を簡単に行う方法は、差分CARS分光法(またはD-CARS)と呼ばれる。この手法により、D-CARS信号を用いて完全な画像を数秒で高速取得することができ、非共鳴バックグラウンドを効果的に除去することができる。簡単な分析方法で飽和脂質と不飽和脂質の迅速な識別20が実現する。
超広帯域のレーザー光源は、単一ビームCARS分光法での測定を可能とするだけでなく、10 cm-1の分解能で2600 cm-1の波数範囲を測定することができる差分CARS分光法(またはD-CARS)を第二高調波発生(SHG)や2光子励起蛍光(TPF)イメージングと組み合わせてマルチモード又はハイパースペクトルでのイメージングに用いる。これらの手法(D-CARS、SHG、TPF)で用いるレーザー光源は、すべてパルス整形器21, 22を用いて伸長した単一ビームである。図4は、その画像例である。たった1台でのイメージング手法で測定するよりも、(ラマン分光法に顕微技術を組み合わせたイメージング手法の方が)はるかに豊富な情報量が得られることがわかる。

図4:マウスの尻尾組織を観察した様子。
緑色は、TPF(2光子励起蛍光)画像 / 赤色は、皮下脂肪沈着を示すCARS画像 / 青色は、コラーゲンを示すSHG(第二高調波発生)画像
Pope氏ら9の許可を得て転載「c2013 アメリカ光学会」

オクターブ帯域発振器であるLaser Quantum社製「venteon」や単一パルス(単一ビーム)CARS分光法を行うための空間光変調器(SLM)を用いているspectral focusing(スペクトル集束)という手法の初期段階に関しては、磯部氏ら23によって説明されている。図5は、非染色HeLa細胞(ヒト由来培養細胞)のCARS画像を示しており、生体試料を(染色することなく)可視化できることがわかる。
オクターブ帯域の発振器の使用により、約1000 cm-1から4800 cm-1の狭帯域スペクトル範囲も研究されるようになった。
CARS分光法の高速測定を目的としたフーリエ変換(FT)型CARS分光法は、大きな可能性を秘めている。この原理はOgilve氏ら24によって示され、繰り返し周波数が100 MHzの発振器を用いており、ポンプ光とプローブ光という2種類のパルス光を使ったセットアップをベースにしている。

図5:
上図:2930 cm-1(a)、3200 cm-1(b)、3400 cm-1(c)における分子振動を選択的に励起して得た非染色HeLa 細胞(ヒト由来培養細胞)の CARS 画像。スケールバー(長さの単位表示)は6μm。
Isobe 氏ら23の許可を得て転載 「c2009 アメリカ光学会」

この方法では、CARS分光法におけるインターフェログラム(2光束間の光路差を変化させて得られる干渉パターンの変動分)をフーリエ変換することでCARSスペクトルを得る。つまり、連続パルス間に時間遅延を発生させた状態で、同軸に配置された同一の2つの励起パルス列間の時間遅延(干渉計の光路差)の関数として発生したCARS光を測定するということだ。
非共鳴バックグラウンドは、時間遅延ゼロ付近の寄与を容易に除去することで抑制することができる。CARS信号は、シンプルなシリコン・ダイオードを用いると検出できる。
パルス幅5 fs, 測定領域4000 cm-1の発振器を用いると、FT-CARS法(フーリエ変換コヒーレント反ストークスラマン散乱分光法)により、1回の測定で広帯域ラマンスペクトルの測定が可能となるため、生体試料の測定に非常に適していることが実証されている23。図6にFT-CARS法で取得した非染色HeLa細胞の画像を示す。ミトコンドリア、小胞体、核、水分などの分化形態を持っていることがわかる。

図6:
上図:
(a、b) 2800~2900 cm-1(a)、および2900~3000 cm-1(b)のラマンバンドを組み合わせて構築された非染色HeLa細胞(ヒト由来培養細胞)のCARS画像。
(c) ミトコンドリア 又は 小胞体(青色)、核(青色)、水分(赤色)から得られたCARSスペクトルを用いてNSC(Neural Stem Cell: 神経幹細胞)の過程の後に再構築された非染色HeLa細胞(ヒト由来培養細胞)の3つのCARS画像を組み合わせたもの。スケールバーは8μm。
Isobe氏ら23の許可を得て転載 「c2009 アメリカ光学会」

FT-CARS法を用いてCARSスペクトルを完全に取得する速度は、この2つのパルス(ポンプ光及びプローブ光)間に必要な時間遅延を与えたときのCARS分光法のインターフェログラム(干渉信号)への寄与を観察した際に、2つのパルスがどれだけ高速伝搬できるかということに依存する。インターフェログラムに寄与する時間遅延は、通常、ピコ秒パルスを用いるコヒーレントラマン散乱の励起における位相緩和時間に依存する。CARS分光干渉計における非共鳴バックグラウンドは短い遅延時間でのみ存在するため、アポダイゼーションを適切に行う26ことで完全に除去できる。(アポダイゼーション:インターフェログラムをフーリエ変換してスペクトルを得る際に、光路差の関数としての疑似的な加重であるアポダイズ関数)をインターフェログラムに乗じて畳み込み演算を行う処理)
Isobe氏やその同僚らによって公表された研究の実施の際には、機械的な遅延ラインを用いている23。高速での測定を実現するには、まず初めに、高速非同期光サンプリング(ASOPS)式デュアルコム分光法(分光器フリーな高精度分光法)のセットアップを用いることである。このセットアップでは、ペアのパルス24を生成するために、わずかにオフセットロックされた繰り返し周波数の異なる2つのレーザー発振器を使用する。この場合、リフレッシュ時間はレーザーの繰り返し周波数という(発振器の往復時間の)逆数から得られる。1回のスキャンの測定時間は、2つのパルスの時間遅延がインターフェログラムの時間枠をどれだけ高速でカバーするかに依存する。
井手口氏25が行った実験で使用した100MHzの繰り返し周波数を持つ発振器より大きい1GHzの繰り返し周波数を持つ発振器を使用する利点は、リフレッシュレートが10倍速くなるということだ。つまり、繰り返し周波数が100MHzではなく1GHzのときにサンプリング時のステップ(階段状の波形)の密度がはるかに高くなるのと同様に、デューティサイクル(同じ積分時間での測定回数)が10倍になる。言い換えれば、同じサンプリング時のステップの大きさでGHzレベルの繰り返し周波数を用いると、はるかに長いリフレッシュ時間で動作できるということで、単位時間あたりの測定回数を増やすことができるのと等しい。高リフレッシュレートによりデータ取得時間が速くなることで、過渡分子種や短寿命分子種を測定することができる。
近年、GHzの繰り返し周波数を持つ2台の発振器を用いたそのようなデュアルコムCARS分光システムの実用性が初めて実証された26。このシステムから放出されるパルスの帯域幅は60 nmで、パルス幅をサブ20fsに圧縮することができる。1回のスキャンにかかる実際のデータ取得時間が5 μsと短いkHzのリフレッシュレートで、400 – 1400 cm-1のスペクトル範囲及びフーリエ変換の時間窓(解析する信号波形を一定の時間で切り取ったウィンドウ)を長くすることで得られる高分解能による測定が可能だ。

縦軸:正規化した強度(a.u.) 横軸:波数(cm-1

図7:1:1:1で混合したトルエン、クロロホルム、シクロヘキサンをデュアルコム解析して得たCARSスペクトル。繰り返し周波数の差(Δfrep)は600 Hzである。アポダイズ分解能は6cm-1で、120個のスペクトルを平均化することができる。スペクトルの測定時間は2m秒。実験時間は合計で200m秒。
Mohler氏ら26の許可を得て転載「c2013 アメリカ光学会」

この手法によって様々な物質を識別するのに十分な分解能で測定を行うことができるということを実証するために、トルエン、クロロホルム、シクロヘキサンの混合物のスペクトルを測定した(図7参照)。トルエンとシクロヘキサンの隣接する2つのピークは13 cm-1だけしか離れていないが、はっきりと分離されている。この測定によって、濃度及びパルスエネルギーに伴う遅延ラインの最大値における線形依存性が明らかになったが、これは定量分析に役立つであろう。サブ20 fsの発振器を用いると、マルチモード又はハイパースペクトル機能によりセットアップの拡張ができる。

結論

結論として、本研究では、線形ラマンアプリケーション用の励起光源として、低ノイズ、優れたビーム質とビーム位置安定性、出力安定性、さらに必要に応じて狭い線幅といった特性を持つ最新のレーザー光源を選択できることを示した。
高効率性、高堅牢性、リモート操作機能はあらゆるアプリケーションに対して利点となり、産業システム又は自動システムへの統合の前提条件である。
数100 nmのスペクトルをカバーする広帯域パルスレーザー光源を利用できることで、高速コヒーレントラマン分光測定や高効率のマルチモード性を実現することができる。最後に、FT-CARS法をデュアルコム技術と組み合わせることで、マイクロ秒以内の高速CARS分光測定が可能になる。GHzの繰り返し周波数を持つ発振器を用いると、一般に入手可能な100 MHzの繰り返し周波数を持つ発振器と比較して、スペクトル取得のリフレッシュレートが10倍高くなる。

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